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風景画像①.jpg

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カメラマン:「富士山」に生涯を捧げる不屈の風景カメラマン! [富士山]


こんにちは。


今日は、取り上げる予定でいた風景カメラマンの一人を
ご紹介します。


「富士山」を撮り続ける大山行男(63)さんというカメラマンです。


特に、富士山の撮影にかけては、
日本の第一人者と言われているカメラマンです。



富士写真.jpg
(大山行男さん)



富士山を撮るカメラマンは多くいますが、
人生まで捧げるほどの情熱をもやしたカメラマンは、
珍しいといと思います。



私が、何故、大山カメラマンを一例として、
挙げたかといいますと、


最初、各地を放浪しており、後に、撮影のために、
転居を繰り返しているカメラマンだからです。


「M」さんも、各地の風景を撮るためには、転居も いとわないとまで、おっしゃっています。

そうとうな覚悟をしておられるようですね。


まあ、その辺に共通点があるように、思ったものですから、
富士山に命をかけるカメラマンを取り上げてみました。



では、大山カメラマンのおおよその、プロフイールを
見てみましょう。




  ■ <大山カメラマンについて>



大山さんのお父さんは、「土木建設業」を営んでいて、
大山さんも、その仕事をてつだっていたらしいのです。

そのかたわら、鉄道写真を撮っていたといいます。

いわゆる「SL」マニアだったというわけです。


技術などは、独学で勉強したといいますが、
特に、カメラマン目指していたわけではないそうです。

あくまでアマチュアとして、楽しんでいたというわけです。


そんな大山さんに大きな衝撃が、走ります。
ある日、書店で見た一冊の写真集。

そこに、載っていた 「富士山」 の写真に目をみはったのです。


これが、大山さんの運命を変えてしまいます。


その富士の写真に出会って以来、大山さんの撮影の的が、
変わりました。

もちろん、いうまでもなく、それは「富士山」です。

仕事以外は、すべて富士に向けられます。


この時、大山さんは 24歳。


周囲の山に登っては、富士山を眺め、その森を歩き回り、
あげくの果ては、セスナをチャーターして空から、
富士を眺めまわしたのです。


稼業が、繁盛してたんでしょうね。  でなきゃ、
なかなか、セスナには乗れないでしょうからね。


ともあれ、それほど、「富士山」に、
ほれこんだということでしょう。


来る日も来る日も富士山のことだけを考える日々。


その頃、

「自分は写真家ではなく富士山の僕(しもべ)だ」

と信じて、20代をを過ごしたと言います。


「富士山」を撮り始めたのは24歳

その8年後に、初めての個展をひらくこことに。



個展を開いた時、

「その頃は富士山を真面目に撮影しようと
するカメラマンなど皆無だった」

と大山さんは言ってるのです。


また、多くの山岳カメラマンからは、

「何をいまさらと馬鹿にされた。」

と言うのです。



微笑むようにしてただずむ富士の端正な姿を思い浮かべ、
そこから踏み込んで,その実相に迫ろうとは、誰も思わなかった


「 富士山は誰もが知っている山。

逆に、それが盲点となって、誰も本当の姿を知らない。
だからこそ、固定観念を打破する写真を撮りたいと思った!」

と語っています。


(3年前の日本カメラ誌から引用したものです)
1富士.jpg
(早朝の富士山)



富士山の裾野に住んでいる方々が、個展を見て
(上の富士山ではありませんよ)


『こんな山、初めて見た』


と言ってくれた時には、 涙が出るぐらいにうれしかった!



その後、

33歳で、富士山麓の 山梨県忍野(おしの)村に転居。

38歳で、富士河口湖町の富士ヶ嶺(ふじがね)に移っています。


この時は、自力でドームハウスを造ったそうです。

以来、ここを拠点に富士山の懐へより深く
分け入って富士に、対峙することになります。


居間には、富士山の見える一枚ガラスの大きな窓が作られ、


24時間、365日、 ”年中無休” で富士山と
向き合いながら暮らすことになったというわけです。


こうして、富士山の裾野に広がる

「青木ヶ原樹海」を、

集中的に撮影するようになったのは、41歳 の時だそうです。


こうして、知られざる富士の顔を撮り続け

『大地の富士山』(山と渓谷社)、
『富士山』(クレヴィス)など写真集も出版。


2011年には、59歳で、

日本、写真功労者として、栄えある

「日本写真家協会作家賞」 を受賞しています。



以上が、大山カメラマンの、プロフイールの概要です。



富士山のトリコになり、富士の直近に 「住い」 を構え、
ひたすら富士の撮影に打ち込んだ、類まれなる風景カメラマン
と言ってよいかと思います。


昔にも、富士のふもとに 「寝袋」 を持ち込んで、
長期間、寝起きをしていたほど、「富士」 の虜になった
カメラマンがいたと聞いております。

しかし、「富士山」に生涯をかけて住居まで移したカメラマンは、
大山さんだけではないでしょうか?


今日は、「富士山」 というテーマを追い続ける稀有な
カメラマンをご紹介してみました。


「M」 さんにとって、きっと参考にしていただけると思います。



次回は、この続きをお伝えしていくつもりですので

今日はこの辺で・・・・・・・・。







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