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風景画像①.jpg

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カメラマン志望に、大学は不要だった! [カメラマン 大学]



早速前回の続きを書いてみたいと思います。

私が、

「 カメラマンになろう! 」

と、決めて、大阪の証券会社を退職したのが 20歳の時でした。

写真については、まったく何も知らないズブの素人です。


新聞の日曜版に出ていた、北海道の果てで、
一人、カラスの生態を撮っている カメラマンの写真が、
目に留まったのです。


カラス・カメラマン.jpg
(小舟をこぐカメラマン = 周はじめさん)
(古い記事を撮りなおしたもので、見にくいですがガマンしてくださいね)



麦藁帽(むぎわらぼう)をかぶり、野良着で小船をのんびり
こいでいる姿は、私にとって、新鮮でした。


「えっ?これがカメラマン?」


大自然の中で、実にゆったりしたこの風景。

都会の 喧騒 のなかで働く私にとって、
このカメラマンの印象は、今でも、脳裏に焼きついています。


「 自分も、カメラマンになりたい! 」 と、

思ったそもそもの発端は、これだったのです。



私の場合は、方法として、迷わず、大学を選びました。

カメラマンを志望するのであれば、写真関係の大学へ入るのが一番!

単純に、私はそう考えていました。


今、思えば、あまりにも考えが、短絡的で、世間知らずだったと
恥ずかしい限りです。(笑)



退職後、まず私は、上京しました。

「寝て、食べて、学校へ行く。 

さらに給料までくれるところ。」 


それは、「新聞配達」 をやることでした。


最初に住み込んだ新聞配達所は、近くに、
今はなき推理作家の 「松本清張」 の
豪邸があったので、よく憶えています。


私が、「サスペンス好き」 なったのも、この時からです。



その年は、初めての東京に慣れるのが精一杯。


1年は、あっという間に過ぎました。

東京にも少し慣れてきたのですが、

ただ、新聞のほうは、ふがいなくも、半年でやめてしまいました。


東京の冬は意外に冷えますね。
寒がりの私には早朝2時半の寒さが身に、こたえました。



それからは、皿洗い、店員、ガードマン、貨物船の洗浄
・・・等々、アルバイトを転々としました。

とにかく、お金と時間が必要でした。


そして、上京、2年目。

いよいよ受験です。 
これには二通りあります。

一つは、 写真系の大学、 
もうひとつは、普通大学に入って、そこの写真部に所属すること。


私は、欲張って、二つを狙いました。  
その中で、安い学費の大学を選べばよい。

とまあ、こんな、胸算用をしておりました。 


結果は、3校 (日大、写真大、明治大) を受けて、運が良かったのか、
どうにか 「3校」 とも引っ掛かってくれました。


私は、迷うことなく最も学費の安い大学をえらび、

東京写真大学の写真科に入学することにしました。


しかし、このあと、大学へ入った私の選択が、

大きな誤りであったことに気付いたのです。















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