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写真を撮る人は多い!撮る意味は?ムツゴロウやムーミンに教わった!

写真を撮る人は最近とても多くなってきております。
写真を撮ることは、そこに伝えたいという何らかの
思いがあってこそ、意味があると感じています。




人は何故写真を撮るのか?




前回、

「写真は感動や思いを伝えるために撮っている」

「写真を撮るということの基本は、”伝える”ことにある」

と書きました。


前回と、その前に「女性戦場カメラマン」について

投稿した記事は、二つとも、いつもの2倍ほどアクセス

が伸びました。

それぞれ「2千近く」あったでしょうか。


「えっ? どうして?」


ちょっと驚きました。(驚)


もう一度、二つの記事を読み直してみました。


「写真を撮ることの意味は伝えることにある」

という内容でした。

意識するとしないとにかかわらず、

写真を撮る人の内面には


「伝えたい」

という思いが必ず働いていると私は思っています。



すると、昨日ですが、次のような反応を示した

「M」さんのメールが届きました。



ーーーーー


「・・・僕は、写真を撮り始めてまだ日が浅い者ですが、

人に伝えようとして、撮ったことはありません・・・・」(抜粋)


ーーーー


写真を撮ることは伝えるこだという理由!



いつ頃からか、私は、


一般に

「いい写真を撮るとはどういうことだろうか?」

ということをよく考えたことがありました。



① 
そんな時、ある雑誌で 「ムーミン」 の作者が

「無人島」に住んでいることをしりました。



mu-min①.jpg



妻らしい女性と二人で住んでいて、そこで創作を

続けているというのです。


詳しいことは分かりませんが、そういう意味のことが

書かれてあったように思います。


「フーン、そうなん!?」


深く考えることもなく載っている写真をボンヤリと

眺めていました。




すると、思い出したのが、 

時々テレビや雑誌で見受けるムツゴロウ(畑正憲)さんです。



mutugorou①.jpg



この人も一時「無人島」に住んでいたらしいですね。


私は、「奇人変人」みたいな人だなーぐらいの印象しか

持っていませんでした。

そんな孤島で、彼も創作(小説&エッセイ)を

続けていたんでしょうね。




実は、ここで私は、「フト」 思ったのです。

「無人島」というのは、人が住んでいない島を無人島と

いうのだと思います。



mutugorou②.jpg




つまり、前述の二人は他人のいない所で

「絵」を描いたり、

「小説」を書いたり、

しているわけです。




でも、「もしも」 ですよ。



これが普通にいわれている「無人島」ではなく、

「地球」 に、

彼ら以外は誰も住んでいないという場合はどうでしょうか。

もはや、無人島は意味をなさなくなると思います。


彼らは、自分たち以外、誰もいない地球に住んでいて、

「無人島」という島に住んでいるわけです。


ここからが、問題なのですが、自分たちだけしかいない

地球に住んでいて、果たして


「絵」を描いたり、

「小説」を書いたり、


するでしょうか?


おそらく、それは無いでしょう。


よく言われることですが、「人間」 という漢字は

人は人と人の間に会ってこそ意味をなすということ

らしいのですが、

簡単に言うと、複数のひとたちが、

互いに関係しあって成り立つのが、「人間社会」 だと

いう意味だろうと思うのです。



ハッキリ言って、

「人は一人では生きていけない」

ということです。



言い換えれば、多くの他人がいてこそ、

個人のそれぞれも生きていけるということなんです。


ここまでくると、もう解っていただけると思うのですが、

前述の、「ムーミン」 の作者も、「ムツゴロウさん」も

自分の「絵」を見てくれる人や

「小説」を読んでくれる人がいるからこそ

創作をしているのであって、他に読んだり観たりする人が

誰もいなければ、おそらく創作などしないでしょう。


これは、

「写真」

にも言えると思うのです。


「写真」を撮る人は、その写真を観る人がいる

からこそ、写真を撮っていると思うのです。


大ざっぱに言えば、

我が子のかわいい写真を撮るのは、家族がそれを

観て、嬉しいからでしょう。


学生が友人の写真を撮るのは、友人にその写真を観て

喜んでもらうために撮るのでしょう。



要するに、

「写真を撮るということは」

それを観る人に、何かを感じてもらうために

撮っているといえると思います。


さらに言えば、

「写真を撮るということ」 には、

撮る側の奥に、何かを 伝えたい という何らかの想いが、

必ず潜在していると、私は思うのです。


「伝える」ということが、撮る人の奥底にある

基本中の基本だというのは、そのことなんです。



結局、「いい写真を撮るということは」 何を伝えるか?

それを常に考えているのと同じではないかと思います。




Mさんも、折をみて、「伝える」 ということを

考えてみて下さい。



きっと、思い当たることがあると思います。




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