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バカチョンカメラの意味と値段は?コレで撮った写真が人生を変えた! [バカチョンカメラ]

バカチョンカメラのの話をすると、その意味は?と
聴かれ、値段も聴いてくるのです。今じゃほとんど
見られないからでしょうね。 でも、「このカメラで、
人生変わる」という大物カメラマンがいるんですよ!




誰でも撮れる安価なカメラが人生を変えた!




中村征夫さん(71)というカメラマンがいます。

カメラ雑誌の審査員などでよく見かけますので、

ご存知の方も多いでしょう。



中村征夫①.jpg
「中村征夫(いくお=71)さん」



中村カメラマンは、独学で水中写真を学んだプロカメラマンです。

「木村伊兵衛賞」と「土門拳賞」を受賞し、その他

多くの「写真賞」を受賞している「大物写真家」の一人です。



ネット上の「オンライン」報道に次のような記事が、

報道されていました。



中村カメラマンと親しい友人かなんからしい人が、

「人生を変えるような本を紹介してほしいのだが」

と中村氏に尋ねたそうです。


そこで、中村氏が持ってきたのが、


「ありがとう徳山村」


というおばあちゃんの「写真集」だったのだそうです。

おばあちゃんというのは、前回お話した「増山たづこさん」

のことです。


受け取った人は最初本気にしなかったようですが、

内容を見て、納得したようなのです。


数百年続いた村が、ダムの為に消えていく姿を

つぶさに捉えた貴重な歴史がそこに脈打っていた。

その全容が、おばあちゃんの「夫」への愛情と

消えゆく村への強い思いが、ひしひしと伝わって

きたことでしょう。


バカチョンカメラで撮り続けた村の記録が

得も言えぬ感動となって見る者を圧倒したに違いないと

思えるのです。


中村カメラマンが、どんな気持ちでこの

写真集を差し出したか、何だか私にも、

つたわってきますね。



バカチョンカメラの意味と値段




バカチョンカメラで撮り続けて約10年。


1987年、70歳の時に刊行された写真集です。


ここで、「バカチョンカメラ」 という意味が分からないという

人がけっこうおられるようなので、説明しますね。


バカチョンカメラは、文字通り、

「バカでもチョンでも撮れる」

ということで、「チョン」というのも、「バカ」と

ほぼ同じような意味でつかわれている「コトバ」です。



お断りしておきたいのですが、以前に、

「朝鮮人」を「チョン」と呼んだことがあるそうで、

その「チョン」からきているのではないか?

とカングル向きがあるといいます。

調べたところ、それとは、全く無関係であることが、

分かりましたので、付け加えておきたいと思います。


さて、この「バカチョンカメラ」の値段(価格)ですが、


コンビニなどで販売している、いわゆる

「使い捨てカメラ」であれば、1000円前後で買えます。



カメラを使用したことのない父親にプレゼントしたい

というような時には、だれでも、簡単に使える


コンパクトカメラ(バカチョンカメラ)が、


数千~3万円ぐらいで、買えるようです。


前述の「増山たづ子さん」の使用したカメラは

「ピッカリコニカ」

と言って、当時、安価で買えたようですね。


そのカメラはコレです。


ピッカリコニカ[4].jpg
(バカチョンカメラ・ピッカリコニカ)



それでは、今日はこの辺で・・・・・・。





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バカチョンカメラが人生を変える!歴史に残る老夫人の渾身の記録! [バカチョンカメラ]

バカチョンカメラで撮り続けた村の写真が、「人生を変える」
といわれた写真集になり、映画にもなりました。後世に残る
渾身の記録を写真に撮ったのは、なんと初老の夫人でした!



ある村を撮り続けたおばあちゃんの傑作!




昨日、近くの喫茶店で、写真仲間が集まりました。

好きな写真談義は、とどまることがありません。

中でもこの日話題になったのは、バカチョンカメラで撮った

おばあちゃんの写真についてでした。


前回は、長い間コツコツ撮り続けてコンテストで

1位を受賞した主婦を取り上げました。

そして、撮った写真の「ウマサ」も書きました。



今回は、技術は未熟で、カメラも安っぽい誰でも、

押せば撮れる「バカチョンカメラ」で、

やがて「ダム」の底に沈む「村」を撮り続けた、

命がけともいえる記録写真について、

書いてみたいと思います。


「バカチョンカメラ」を使ってでも、後世に残る

素晴らしい写真が撮れるというおばあちゃんカメラマン

の活躍なのです。



撮った人は、「増山たづ子」 さんといい、

10年前88歳で故人で亡くなっておられます。




増山たづ子①.jpg



2008年、日本最大といわれる 徳山ダム(岐阜県)が

完成したのですが、そのダムの底に自分の村が沈むと知って、

「 せめて村の姿だけでも 」 と記録に残したのでした。


「戦死した夫のためにも、残しておかなくては!」

という夫への強い愛情からでもあったと言います。


撮り始めの頃は、何もわからず、

人に、「素人の自分でも写せるカメラはないか」と相談したところ、

「猫がけっとばしても写るものがある」と

ピッカリコニカ[4]という当時のコンパクトカメラを

勧めらたのだそうです。


今なら、さしずめ、コンビ二で買える 1000円 の

使い捨てカメラと思ってもいいでしょう。


初めて、カメラを持ったのが、60歳の時。。


当初は、近所の住民にフィルムを入れ替えてもらって

撮っていたそうです。



撮り続けて、7年目(1984年)に エイボン賞 を受賞したのです。

エイボン賞というのは、社会に勇気と希望をあたえるという、

すばらしい功績のあった女性に贈られる賞です。

その後、数冊の写真集も出し、さらに、日本各地で展覧会も開きました。

それどころか、徳山村を舞台にした映画「ふるさと」にも出演しているのです。

村人の間では、「カメラばあちゃん」 と慕われる人気者だったようです。


のちに、写真賞の「東川賞(ひがしかわ)」も受賞するなど、業績としても、

もはや、立派なプロカメラマン並です。



誰でも、簡単に撮れる 「ばかちょんカメラ」 でもこんなに活躍してくれます。

このような例は、これからカメラマンになろうと思っている人にとって、

勇気をあたえてくれるのではないでしょうか?



歴史に残る・おばあちゃん渾身の記録!



増山さんの生まれ育った岐阜県の徳山村は、

福井県と滋賀県の県境にあったといいます。



増山さんの夫は、第2次世界大戦で、今の「ミャンマー」に駆り出され、

行方不明になったままだったそうです。



増山さんの村が、ダム湖に沈むという話が持ち上がったのは、

1957年のこと。


徳山ダム③.jpg
(徳山ダム)



それを耳にした増山さんは、

猛烈な勢いで写真を撮り始めたのでした。


横井(庄一)さんや小野田(寛郎)さんは、30年近く

立って戦地から帰還したことは日本中が沸いた大ニュース

であったようです。


ひょっとして、自分の夫も・・・・・と増山さんの

頭をよぎったことでしょう。



「その時、夫が夢にまで見ただろう故郷が、

ダムで消えてしまったら・・」


ダムに沈む校舎②.jpg
()ダムに沈む村に在る校舎


増山さんは、駆り立てられるようにして、

村の写真を撮り始めた理由が、そこにあったわけです。




(追加記事が続きます。少しお待ちください。)


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