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篠山紀信:写真集サンタフェ大ベストセラー!月で撮る心意気爆発! [篠山紀信]


篠山紀信の写真集「サンタフェ」は宮沢りえを撮った
写真集で、未曾有の大ベストセラーとなり、話題沸騰!
の社会現象となる。月でヌードを撮りたいと心意気爆発!


篠山紀信の写真集「サンタフェ」の異例な売れ行き!




写真界において巨匠とも言われる「篠山紀信」。


篠山紀信①②.jpg



彼が、「巨匠」であるかどうかは別にして、雑誌類の
「表紙」「グラビア」などは、これでもかというほど

「篠山紀信」の写真があふれています。


サンタフェ」は女優「宮沢りえ」のヌードを撮った
篠山紀信」の写真集です。


宮沢①サンタ.jpg



宮沢②.jpg



「サンタフェ」というのは、アメリカに所在する地で、
「聖地」として有名なところであるようです。

この地は、近代写真の父とも言われる
写真家 「アルフレッド・スティーグリッツ」が
愛した聖地だそうです。


「篠山紀信」は、当時「18歳の宮沢りえ」をこの地で

とって「サンタフェ」という写真集として発刊したのです。

これが、「155万部 」の大ベストセラーとなり、その頃、
一種の社会現象ともなったというのです。


2年前、お笑い芸人の「又吉」さんが、小説「火花」で
芥川賞を受賞したのを覚えておられるでしょうか?


この時も、いわゆる「文学小説」としては、異例の

「300万部」を超える大ヒットとなって、話題を呼びました。

「ミステリー」や、「娯楽もの」ではなく、「文学小説」で
こんなに、売れるのは、史上珍しいことのようですね。


写真集でも似ていて、155万部出るなんて、まず無いそうです。

よく、売れたといわれる若い女性写真家「梅佳代」さんの

写真集「うめめ」は、13万部 売り上げました。

これで、写真集としては、珍しい売り上げだと聞きました。

普通は、1~3万部売れたら良しとする世界だそうですからね。


「篠山紀信」の写真集 「サンタフェ」 が155万部出たというのは、

もはや、何をか言わんやですよね。

世界でも、例が無いそうですね。


写真集「サンタフェ」が出版されたのは、1991年だそうですから、

「篠山紀信」51歳の時です。




「篠山紀信」の写真への方向性!



女性のヌードやポートレートなどを主として撮る写真家を
「女性専科」の写真家と呼ぶことがありますが、

「篠山紀信」は、やはり、「女性専科」のカメラマンと
言ってよいかと思います。


他では、有名な写真家として、「秋山庄太郎」とか、

秋山①.jpg


「大竹省二」という大家がいましたね。

大竹①.jpg


お二人とも亡くなられて、そんなになりませんが、

作風はみなそれぞれ特徴がありましたね。


他にもいろんな女性専科のカメラマンはいましたが、

中でも「篠山紀信」は、よくめだちましたね。

私、個人的に言えば、「型破り!」 と言った感じですね。



「篠山紀信」は、日大の写真学科を出ていますが、
専門学校にも、通っていました。


最初、「カメラマンには全く興味がなかった」そうですね。

他の大学受験に失敗したから、気まぐれというか、
衝動的に「日大芸術学部写真学科」を受けたのだそうです。

専門学校を2年で卒業と同時に、広告会社に入っています。

広告会社の「株・ライトパブリシティ」就職していますね。

これは、大手の会社で、広告制作専門の会社です。

広告専門という意味では、最大手の「博報堂」とか、

「リクルート」 などとは、少し、色合いがちがいますね。

「株・ライトパブリシティ」には、けっこう知られた
広告カメラマンが在籍していたようです。


「篠山紀信」は、日大在籍のまま就職した形ですが、

入ったからには、「やる」と意欲は強かったようです。

会社には、6年半居たそうですが、ここで、写真技術を

しっかり、身に付けと言ってますね。

ただ、広告写真については、あまり好きではなかったようです。

広告写真というのは、クライアントがいて、その注文に応じて
撮るわけですから、かなり制約される部分が多くなってきます。


テレビの「CM」なんかを創造していただければ大体
イメージできるかと思います。



「篠山紀信」は、それが、自分に合わなかったと雑誌
「ビッグとトモロウ」で、語っていますね。


「ああしろ、こうしろと、いろいろ注文がつくと

気持ちがなえてくるんです・・・・・・。」

と言った意味のことをインタビューで答えている
ところをみると、やはり、広告写真には向かなかった
のでしょうね。


名門の「株・ライトパブリシティ」には、いろんな賞
を受けた優秀なカメラマンやデザイナーが多かったと
言いますから、

コレと言って代表作のなかった「篠山紀信」にとっては、
面白くなかったのかもしれませんね。


ところがですね。

会社のほうから、

「いいように撮っていいよ・・・・」

と言われてから、俄然、力がわいてきたと言います。


その時を境に撮った写真を「カメラ毎日」とか
「話の特集」などの雑誌に発表し始めるのです。

それを機に、「28歳」で、フリーとして活動することに
なったのです。



「カメラ雑誌」の「月例コンテスト」で言えば、

年度賞を取って、これから、自由に好きな写真を
撮っていこうという地点に立ったということに
なるかもしれません。


いま、人気の「米美知子」さんの場合、ちょうど

コレににているような感じがしますね。



さて、「篠山紀信」 に話しを戻しますが、

その後の彼は、雑誌などの編集に力を入れて、
自ら自由に写真を撮り出したのですが、

フリーになって1年目(1969年)大きな成果を
出すことになったのです。


以前にも、書きましたが、

それが、「死の谷」 という個展なのです。


その年人類が、初めて月へ降り立った年だったのです。
テレビでは、連日 「砂と闇の映像」 が流れていたのです。


アメリカの大統領に「トランプ」氏が当選した時、その前後から
テレビは、毎日、毎日、「トランプ」 一色でした。


それと同じく、
「月到達」のニュースが流れどおしだったのです。


この時、

月の映像を見て、「篠山紀信」 は、思ったと言います。

 「こんな ”砂と闇” のような場所で ”ヌード” を

撮ったらどうなるだろう?」 と。


こんなヒラメキが「篠山紀信」を貫いたのです。

他のカメラマンにも同じことを思った人はいるかも
しれません。



しかし、それを行動に移したのは
「篠山紀信」 だけだったのです。

「 月の表面のように見えるアメリカのデスパレーに

黒人・白人・日本人のモデル達を連れて言って撮った 」

のが、帰国後に開いた

「死の谷」という個展に終結したのです。

これが、当たったのです。

写真界のみならず、それを超えて、一般人への

爆発的な広がりを見せたのです。


これが、「篠山紀信」 の社会的デビューとなりました。


ちょっと長くなりましたので、このあと、


「篠山紀信」 の資質(才能)についての

私的な考察は、


次回にしたいと思いますので、どうかお待ちください。



それでは、今日はこの辺で・・・。




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激写で知られる篠山紀信・木村伊兵衛賞作品がワカラナイとこぼす! [篠山紀信]

激写で知られ,時代を撮るという大家・篠山紀信さん!
審査した木村伊兵衛賞の受賞作品がワカラナイとこぼす!
その写真は、26歳の女性が受賞した写真です。



(木村伊兵衛賞受賞者)
高木こずえ.jpg
「高木こずえ」さん(26)


この写真は「解せない」という篠山紀信!

(篠山紀信さん・76)

篠山紀信さん.jpg



先日写真仲間が集まって、例の如く
写真の話に花がさいておりました。


この時は、知り合いのプロカメラマン「B」さんが加わわり、
「木村伊兵衛賞」についての話をいろいろ
語ってくれました。


その中で

木村伊兵衛賞を受賞した写真についての話は皆
驚いて聞いていたようです。

多分、以前にも、少し触れたことがあると思います。


もう皆さんは

「木村伊兵衛写真賞」は、ご存知だろうと思いますが、

参考までに、ちょっとかいてみましょうか。


日本の二つの最高賞として、

①木村伊兵衛賞
②土門拳賞

があります。


文学部門で最高賞として、

③芥川賞
④直木賞


の二つがありますが、写真賞 ①② は、

文学部門の ③④ と比較して、いわれることが
多いようです。


例えば、
「木村伊兵衛賞」を文学の「芥川賞」のようなものだ
というふうに。


いずれにしろ、写真界では、①②の写真賞は「最高賞」
と言って差し支えないと思います。



数年前、「高木こずえ」 さんという女性が、
この「木村伊兵衛賞」を(26)歳の若さで
受賞したことがありました。


(受賞作の一部)「テーマ=生と死」


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kimura①.jpg


kimura②.jpg


審査員の一人、篠山紀信さんは、

「受賞者 ”高木こずえ” さんの作品が分からない !」

と、おっしゃったというのです。


ちなみに、この時の選考委員は、

・篠山紀信氏、 
・藤原新也氏(作家&写真家) 
・土田ヒロミ氏、 
・都築響一氏

の4人でした。

有名な方ばかりです。


中でも、激写の「篠山紀信」といえば、おそらく一般の人でも、
知っている人が多いことでしょう。


女性週刊誌を含む、各雑誌などの表紙やグラビアなどでは、
お馴染みの女性写真の大家です。


受賞作は、「GROUND」と「MID」 という2冊の写真集。

① 「GROUND」 は、フォトコラージュ を主とした写真集。
② 「MID」 は、 ストレートなスナップ写真集。

(コラージュ = 原義は、さまざまな素材を貼り付ける、また、その技法)

① も ② も、「生と死」 が、テーマになっていると言います。



上に挙げた写真は、
ほんの一部ですが、皆さんはどう感じますか?

日本を代表する「木村伊兵衛賞」の受賞作品を見て、

審査員の一人 「篠山紀信」さんが、

「この写真はワカラナイ!」

と言ったというのです。


こういうことは、「芸術」の世界では、決して
珍しいことではありません。


審査員の個性によって、起こり得る現象だと
私は思っています。



目を転じて、私がおススメしている「カメラ雑誌」の

「月例写真コンテスト」でも見られることなのです。


審査員が、1年のうちに、交代制を取るというのも、

「公正」を期してのことだと思います。


この辺を、一度考えてみるのも、良い勉強に
なるのではないでしょうか?


それでは今日は、この辺で・・・・・・。





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