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カメラマン:雑誌に出ない中卒・独学で土門拳賞他多数受賞の写真家!

カメラマンになりたい一心で中卒ながら、独学始める!
持前の情熱と執念で土門拳賞・他多くの写真賞を受賞!
しかし、雑誌などにこれまであまりでてこない人でした。
それでいて、日本有数の有名カメラマンとして、不動の
地位を占め、「自然報道分野」で、今や一級の写真家。





土門拳賞・他多数を受賞した驚くべき業績!




前々回、動物カメラマン星野道夫氏の記事を書きました。

今日は、その続きで、あまり雑誌などに取り上げられなかった

カメラマンの紹介です。


「中卒・独学で土門拳賞」他、数々の写真賞を得た

執念のカメラマン「宮崎学(みやざきまなぶ)」氏

がそのお人です。



宮崎②.jpg



「宮崎 学」氏は、「自然界の報道写真家」と呼ばれ、動物カメラマンの

範疇(はんちゅう)に入るカメラマンです。


ただ動物の生態だけでなく、普段、雑誌などでは、ほとんど

目にすることのない、隠れた奥の生活状態を撮りつづけた

カメラマンとも言えましょう。



それでは、簡単にプロフイールを見てみましょう。




 < 宮崎学さんのプロフイール >



1949年、長野県生まれ。

4人きょうだいの末っ子。

中学校卒業後、地元のバス会社就職。

のちに、光学機器メーカーに転職。

カメラ制作会社が縁で、写真を始める。

20歳の時、「肝臓病」で3年入院。


長兄が写真学校から新聞社のカメラマン
になったのを機に、カメラ雑誌を教材に
独学で本格的な勉強を始める。


生物に情熱を傾ける宮崎さんの姿に出版社の人が
感動してしまい、それを機にプロへ歩み出す。


  
  < 簡単に受賞歴の紹介 >


17歳前後、作品の発表を始める。


1年程のちに、

・ カメラ雑誌「アサヒカメラ」月例コンテストに入選。
            (ムササビの写真)

・ カメラ雑誌「アサヒカメラ」月例コンテストに入選。
           (コウモリの写真)

・ カメラ雑誌「アサヒカメラ」月例コンテストに入選
             (ニホンカモシカの写真)


20歳 =<病気のため3年間治療)

23歳 =写真絵本『山にいきる にほんかもしか』でプロ写真家としてデビュー。



  < 主な受賞・実績 >



28歳 ・「ふくろう」(写真絵本)で「絵本にっぽん大賞」を受賞。

29歳 ・個展「けものみち」で注目され、物議をかもす。

32歳 ・鷲・鷹「16種すべて」の生態を撮ることに成功
     (日本で初めてのこと)

33歳 ・カンムリワシの成鳥や雛鳥の写真集で
     「写真協会新人賞」受賞。

41歳 ・土門拳賞「ふくろう=写真集」
(動物写真での受賞者は初めて)



(受賞の写真集「フクロウ」アマゾン)


46歳 ・日本写真協会賞年度賞受賞「死=写真集」
    
    ・ 講談社出版文化賞写真賞を受賞「写真集『アニマル黙示録』」

53歳 ・ 著書『アニマルアイズ・動物の目で環境を見る』で
           第4回学校図書館出版賞を受賞

54歳 ・「宮崎学(がく)写真館 森の365日」で
      信毎ホームページ大賞2004エプソン賞を受賞。




・ 個展開催も多い。

・ 著書も多くカメラ雑誌などで紹介され、出版された。

現在、動物の生態写真を撮るカメラマンとしては、

日本の第一人者で有名カメラマンとして大きく貢献。


中卒・独学でこれ程の結果を出したその行動は?




宮崎学氏の簡単な経歴をみてきましたが、これで、
日本の動物分野で、「第一人者」とされる特異な
カメラマンであることを、少しは分かっていただけた
と思います。


それにもかかわらず、「風景カメラマン」や、
他の「人気カメラマン」のように、雑誌などで頻繁に
見かけることは少なかったように思います。


(ひょっとして、これは、私だけかもしれませんので、
もし、まちがっていれば、お許しください)



では、宮崎カメラマンの実践をちょっと付け加えながら、
この偉業を成し遂げた理由を考えてみたいと思います。


中学しか出ていない宮崎氏が働きながら、しかも、独学で、
このような偉大なカメラマンとして、どうしてなり得たのか?



その前に、
彼の行動をいくつかピックアップしてみたいと思います。


きっと、初心者の方にとって、お役にたつと思います。




経歴にも出てくるカモシカですが、
野生の二ホンカモシカを撮影するのは極めて難しいと言われています。

なぜなら、絶対数が当時は、非常に少なかったからだそうです。


まだ 「16歳」 の宮崎氏は、ニホンカモシカを撮る前に、
カモシカの出現する場所を探すのに苦心します。

まず、「山登りの訓練」をしようと地元の「山学会」
に1年半所属したそうです。


しかし、それでもうまくいかず、次は、仕事の休日ごとに
単独登山を実行しています。


そして、半年後に、遂に 「圧倒的な生命力」 のカモシカに出会えた!
と大喜びしています。


それから、日夜、丹念に観察・研究を重ね、
撮影を続けていくことになります。


ところが、撮影に熱中しすぎたあまり、体調を崩し、
経歴にもありますように「入院」することになりました。


この時、20歳ごろで、約3年の闘病を送っています。


肝臓と腎臓をやられていたようです。


その頃、東京にいた兄が新聞社のカメラマンになったのを知り、
非常に刺激を受けたみたいです。


興奮した宮崎氏は、

「一度死にかけた命なのだから、独学でも写真家になろう!」

と決心したことを雑誌の取材に応えています。


こうして 「23歳」 の時、出版社の勧めで「写真絵本」の
出版を機にプロとしてデビューすることになるわけです。





さて次は、「無人撮影装置」を開発したことです。

無人カメラ.jpg


これは、他社の人との共同開発ですが、これによって、

「夜間の登山道に出没する様々な動物の写真を撮影することが

できるようになり、展示会も開催しています。





また、八重山列島に棲む「カンムリワシ」の成鳥や雛鳥などの
撮影にも成功しています。


(カンムリワシ・過去撮られた例がない)


これは、これまで撮影されたこともなく、観察例すら無かったもので、
貴重な生態写真になりました。

この写真集は、33歳で「日本写真協会賞新人賞」を受賞。
(前述の通りです)




単なる生態だけでなく、野生動物の死体が山で土に還るまでの
過程を撮り続け、それを写真集にした

『死 Death in Nature』を発表。

日本写真協会賞年度賞を受賞しています。





動物写真で「土門拳賞」を受賞した人は、過去に例がなく、

そういう意味でも、他の動物カメラマンと一線を
画する特異な存在と言えましょう。




さて、どうですか?


細かく書けばまだまだエピソードが
ありますが、今、簡単に上げてきた数例だけでも、
凄いなあと思われたのではないでしょうか。


長くなりましたので、

宮崎カメラマンが何故これほどの実績を
挙げることができたのか、その理由については

追加したいと思いますので、

申し訳ないですが、少し、お待ちください。


それでは。



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元女優高樹沙耶:ドラマ「相棒」女将役だった!今野菜と大麻の育成? [高樹沙耶&大麻]

元女優の高樹沙耶(53)さんが大麻所持で逮捕されたという。
数年前、高木さんが元気に畑仕事で忙しそうにしているのを
テレビで見ましたよ。  「あれ?相棒は辞めたのかな?」なんて、
思っていましたが、やっぱりそうだったんですね。




このブログで、何故元女優の高樹沙耶さんを取り上げるの?


(相棒に出ていた「高樹沙耶・53」さん)
高木相棒.jpg
(ヤフー検索ヨリ)


ひょっとして、そう思われた読者の方がいるでしょうね。


実は、私は、「覚醒剤」 の取材が現役の最後の仕事だったんです。

もともと、覚醒剤を「ライフワーク」にしようかと考えていましたので、


今回の高樹沙耶さんが大麻で逮捕されたと報じられて、

「はっ!」として、他人事とは思えなかったんですね。

やはり、職業意識が、いつまでも抜けないんでしょうかね。!?



今日は、前回の続きを書く予定でしたが、どうしても、意識が
こちらへ、向いてしまいますので、どうか許してやってください。



私は、内臓を患って現役をしりぞいたものですから、

健康法として、

「食の重要性」や、
「ヨガ」

などにも興味をもっていて、それがたまたま「高樹沙耶さん」
の実践していることとリンクして、彼女の自然栽培には、
テレビで見た時から関心がありました。


沖縄に広い土地を買って移住した彼女がコテージを運営して、

広い畑で野菜作りをしている姿をテレビで見たときは、
ホントにさわやかな感じでしたね。


ドラマの「相棒」の女将役を降りた理由が、これでわかったのは

いいのですが、「ミステリー好き」の私には、ちょっと、

残念な気もありました。 



まあ、それは余談ですが、

そんな彼女が「大麻」で逮捕されるってどういうことかな?

ずいぶん、唐突に思えて驚きました。


そこで、少し調べてみたのですが、

「大麻」 は、「覚せい剤」と違って、人体には悪影響は、
ないようですね。

むしろ、「薬剤」 としての役割が多いように書いてありました。

にもかかわらず、日本では、「大麻」は法的に禁じられているそうです。

飲食したり、吸引したりすることはもちろん、

所持することはも、ダメらしいのです。


今回、「高樹沙耶さん」の逮捕は、「大麻」の所持していた
ということが、「原因」のようですね。


テレビの報道では、否定していたようですが・・・・・。


今年の参議院選挙に立候補しているらしいのですが、

その時に、彼女は、

「大麻の医療使用ができること」

を訴えていたそうじゃないですか。


実際のところはどうなんでしょうかね。


ニュースに注意していきたいです。


個人的には、無実であってほしいのですが。



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中卒、独学、決死の覚悟で動物写真家に!星野道夫の死を超えたか? 


熊に襲撃され、若くして亡くなった著名な動物カメラマン
星野道夫氏の展示会が横浜でひらかれているそうですね。
もう一人、「中卒」、「独学」で決死の覚悟をもって
特異な動物写真家を目指した日本屈指のカメラマンもいます。




動物カメラマンは命がけ!






中学卒業後、独学で、動物カメラマンを目指し、今では、

日本の第一人者といわれる、異色の「動物写真家」がいます。


名は「宮崎学(みやざきまなぶ・67)」。

カメラ雑誌・月例コンテストの審査ではおなじみなので

ご存知の方もいると思います。




宮崎学.jpg
(動物カメラマン・宮崎学)



タイトルに「決死の覚悟で動物カメラマンに!」

とありますが、中には、「オーバーだな」と

思った方もおられるかもしれません。

しかし、決して誇張して書いたわけではないのです。



熊に襲撃され亡くなった動物カメラマン!




今、動物カメラマン・「星野道夫」氏の展示会が
横浜で開催されているそうです。



「星野道夫」氏といえば、20年前に熊に襲撃され「かみ殺された」
動物カメラマンです。


(星野動物カメラマン・44)
星野カメラマン.jpg
(ヤフー検索ヨリ) 


たしか、テレビ放映のため、動物・取材でロシアの
カムチャッカ半島に行っていたときのことだったと
思います。


夜、テントを見つけたヒグマが中にいる星野さんを
襲ったのです。


ヒグマ.jpg
(ヒグマ&当時の新聞)(ヤフー検索ヨリ)



懐中電灯を持った仲間がかけつけて熊を見つけると、

ヒグマは、星野さんをくわえてテントから出て行った
というのです。


捜査隊が見つけた時には星野カメラマンのカラダは

食いちぎられ、見るも無残な姿だったと言われています。




私が、異色の動物カメラマン「宮崎学」氏のことを

今日の記事として書こうと考えていたとき、

偶然にも、「星野道夫」氏の展示会のことを知ったのです。



もうずいぶん前のことですが、事故当時まだ現役カメラマンとして

働いていた私には、「星野道夫氏の事故」が、なまなましい
強烈な印象として、恐怖と共にに残っています。


「ワッ!怖いな!」


背筋に何かが走った記憶があります。

動物カメラマンには、すべてとはいいませんが、

多かれ少なかれ、危険が伴っているのです。


星野道夫動物カメラマンの例をもってしても、


中卒・独学の身で、動物カメラマンになった、「宮崎学」氏

のことを、「決死の覚悟で動物カメラマンを目指した」

という表現が、決して、誇張でもウソッパチでもないことを、

理解いただけたと、思います。


彼は、別名「自然の報道カメラマン」 と称されていて、

普通の動物カメラマンとは、一線を画する写真家とされています。


そんな「宮崎学」氏については、次回でお伝えしますので、

どうぞ楽しみにして下さい。



少なくとも、「良い写真を撮りたい」 と思う人には、
きっと、参考にしていただけると思います。





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カメラマン:プロへの道がこれ程苦しいとは!超有名写真家がもらす! [プロへの道]

「プロカメラマンへの道がこんなに苦しかったとは!」
こう話した超有名女性写真家がいます。大学を出てすぐ
フリーのカメラマンになった、写真界の重鎮「大石芳野」氏!



写真学校を出てもすぐにプロにはなれない!




写真関係の大学や専門学校を出てもすぐに
プロにはなることは無理なのが普通です。


読者の中には、写真系の大学や専門学校を卒業すれば、
すぐにでもプロカメラマンとして、働けると、
考えている方もあろうかと思いますので、


「こういう例」 もあると言うことを、知っていただくために、

写真界では、多忙を極める有名な女性写真家 「大石芳野」 さんの

知られざる体験をお伝えしたいと思います。


(大石芳野カメラマン=72)
大石芳野本人.jpg
(ヤフー検索ヨリ) 


これまでも少し取り上げたことがありますので、
ご存知のかたもあるのではないでしょうか。


大石さんは、日本大学の写真科を出て、
すぐフリーカメラマンとして独立します。


では、そこから、どんな歩みがあったのか
大石さんの記述から引用したいと思います。



大石さんは、

「 大学をでれば、すぐにでも、

プロカメラマンとして、活動できると 」、と

考えていたお一人ではないかと思うのです。

それでなくては、卒業後、いきなり、フリーになるのは、

無謀としか言いようがありません。


在学中に、賞をとっていたり、個展を開いたり、

コンテスト入賞経験があったり、さらに、写真集を出版する、

などの実績があれば、話は、別なんですけどね。



では、「大石芳野」さんの歩みを、ザーっとみてみましょう。


「 ・東京生まれ。 

・日本大学芸術学部、写真学科卒業

・卒業後、すぐフリーランスに。

・独立後、写真で生活できるまで辛酸をなめる。

・学生時代に、訪れたベトナムに衝撃をうけ、
ドキュメンタリー写真家として、戦地や内乱の中で暮らす人々を、
撮り続けている。
 
・現在、大学教授。

・テレビ、雑誌、コンテスト審査・・・など多忙 」 



以上が、ごく簡単な略歴です。



問題は、卒業後、すぐフリーとしてスタート
したことにあります。


営業の苦しさを味わう!



記事を見ますと、


「 フリーで、スタートしたからといっても、
仕事が降ってくるわけはありません。


若い女性ということで、屈辱的な思いをしながら、

営業と作品撮りの日々が続きました。」


とあります。


最初はたいていこの営業でつまづく人が多いようです。



「 自分の写真をもって、営業にまわるんですが、

その中身は、営業の相手によって変えていきました。

仕事で撮った印刷物がたまっていけば、

また別にまとめて、あとまわしにしたり、

様々な方法で営業しました 」


営業のくふうをいろいろ考えて回っている
苦心の様子がうかがえますね。



さらにつづけて、こうあります。


「 でも一回営業に行ったからって、すぐに仕事が、

くるはずがありません。

もう、手帳が真っ黒になるくらい、色々な人に、

紹介してもらったり、会いに行ったりしていました。

それでも何十件に一件くらいは、仕事をいただけたので、

それで息をつないで、また次の仕事に繋げていってました 」 



写真に限りませんが、営業するというのはこういう苦労が
つきまといます。

私も多少の経験がありますので、分かりますね。


仕事がないかぎり、収入もないわけですから、生活も大変です。


その様子を次のように書いています。


「 バスには乗らずに歩く。

喫茶店には入らずに、公園の水道水を飲む。

バス代もコーヒー代も、フィルムや現像液を買うための、

費用にしていました。

定価の洋服なんて買ったことなかったですね。

買ってもバーゲン。

だから、父が、見かねて何着か、買ってくれたことも、

ありました(笑)。  

とにかく、倹約、倹約でしたね 」



どうでしょうか?



「大石芳野」さんの苦労の一端が、

おわかりいただけたでしょうか。

他にも「大石芳野」さんと同じような経験を、

している人を、何人か知っていますが、フリーと言う立場は、

仕事が入るまで、とにかく大変なんです。


それを、~賞を取ったとか、写真集を出したとか、個展を開催したなど
実績があれば、また話は別ですが、

何の実績もなく、卒業後、いきなりフリーカメラマンとして

独立することは、暴挙といってよいでしょう。


プロへの道は、学校卒業すればすぐなれる程

「甘くはない」

という一例として、


カメラマンの大家の例を挙げてみました。


参考にしていただけたらと思います。





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写真コンテスト(月例)落ちて落ちて20年!どん底救った木村伊兵衛! [木村伊兵衛]

写真コンテスト20年,落選し続けた「「K」さんが,
木村伊兵衛のコトバで、苦痛のどん底から見事、蘇りました。
その後、脅威の快進撃を続け、ナント三冠制覇の偉業を達成!



月例写真コンテスト、急に落選しはじめた!




愛知県の「石川博雄」さんは、23歳で写真を始めました。

「石川博雄」さん
石川さん.jpg


特に写真が好きで始めたわけではなく、その当時、

「森山大道」「アラーキー」などの活躍が目覚ましいころで、
写真が一つの「ブーム」のようだったといいます。


「写真を始めたのは、成り行きのような感じ」

というような意味のことを取材で答えています。


写真を始めてまもなく、行きつけの「カメラ屋」さんに
勧められてカメラ雑誌の「月例写真コンテスト」に応募を始めます。


驚いたことに、祭りで撮った写真が、「フオトアート」というカメラ雑誌の
「月例コンテスト」 に入選しました。


「それで、やみつきになって、写真にハマっていくことに・・」


これはよくあることですね。

「中学生が、誕生日に買ってもらったカメラで、初めて撮った写真が、
たまたま、コンテスト入選して、以来すっかり写真に熱中し始めた
よいう・・・・・」

こんな話は、私もよく聞いたものです。


石川さんの場合も、こういう例の一人だったといえましょう。


ただ石川さんは、

「この年、月例コンテスト・年度賞 ”2位” をいただいて、
これは、とおもったんですけど・・・・・・」

と言っています。


どうしたのでしょう?


その後も、毎月、応募をつづけたのですが、全く入選せず、


ご本人は、

「 泣かず飛ばずの時期が、”約20年”にわたって、
つづいたのです 」

と言っています。



辛く苦しい20年が救われた転機!


(入選しなくなった!)
挫折.png
(ヤフー検索ヨリ)



入選しなくなった理由はご本人にも、よくわからないまま、

とにかく、応募だけは、毎月欠かさず続けたようです。

しかし、どうしても、「入選」に至らない。


そのあたりのことを、次のように語っています。

「あんまり入選しないので、郵便やさんが、ちゃんと届けたのかな?
と気になって、書き留めで出したりしました」


またこうも言っています。

「 郵便やさんが、来ると、ピンポンが鳴るのを待ち構えている。

それで、しばらく待っていて、シーンとしたままだと、
また落ちたな・・・・・と 」


さらに

「 それを20年繰り返しました。 

辛かったですよ!

写友が入選していて、自慢話をしても、自分には
何も話せる材料がない・・・・・ 」



いやあ! 20年間もよく辛抱できたものですねえ。


こんな話を聞くと、とても尋常な気持ちではいられない
ような思いにさせらます。


石川さんも、「歯ぎしり」するほど悔しい思いに
駆られていたことでしょう!


しかし、そんな石川さんに、「落選常連」 を脱皮する
出来事が訪れたのです。


それは、写真界の大家「木村伊兵衛」のコトバ
に出会ったことでした。


カメラ雑誌に紹介された「木村伊兵衛」のコトバは


「 写真を撮れるのも撮れないのも、その人の持つ

”因縁”みたいなもの 」


というものでした。


「因縁」とは、なんとも含蓄の深いコトバだと思いますが、
石川さんには、直観的に 感ずるところがあったようです。


「因縁」とは俗に「運命」とか「宿命」とかいう風にも
使われますよね。


いずれにしても、石川さんは、このコトバの出会いによって、

「ああ、僕はそういう”因縁”なんだなとおもいました」

と、迷いのような感情から、解き放たれたようです。



「 無理して撮る必要はない。

自分の好きな写真だけを撮ればいいと、吹っ切れました 」



4年の間に、驚異の3冠を達成!




「木村伊兵衛」のコトバとの出会いを機に、まるで
人が変わったかのように、入選しはじめるのです。


1992年、アサヒカメラ月例コンテスト「モノクロの部」
年度賞「1位」を皮切りに、組み写真の部「1位」

さらに、「日本カメラ」・モノクロの部「1位」と、
4年間に、3つの月例コンテスト年度賞・「3冠」を

制覇するという快挙を成し遂げてしまったのです。


その後、2回の個展を開くまでになり、

2回目の個展で、「林忠彦賞」を受賞したのです。

2003年、石川さん53歳の時です。


ちなみに、「林忠彦賞」とは、その年、最も優秀とされる
写真家に与えられる賞なのです。


一人で学ぶには仲間が不可欠!




石川さんが経験した「スランプ」ともいえそうな「20年間」。

石川さんの中で、いったい何が起こっていたのでしょう?

記事を見る限りでは、詳細は分かりません。



それにしても、「20年」 は長いですね!

私のように、意思の弱い人間だと、挫折していた
かもしれません。



こんな時には、やはり相談できる仲間とか先輩が
いると助かりますね。


さいわい、石川さんは、「カメラ雑誌」 にその相談者が、
いたと言ってよいのではないでしょうか?


それが、大家「木村伊兵衛」のコトバだったのです。

もし、「木村伊兵衛」のコトバに出会っていなかったら
なお、「スランプ状態」 が続いていたかもしれません。


そう思うと、背筋が、ゾーッとしてしまいそうです!


一人で学ぶというのは、孤独です。

しかし、自分が選んだ道なら、やり通すしかありません。


私自身、学校に入ったとはいえ、夏休みから、授業を放れ、
独学を始めました。

それは、以前にも、書いた通りです。

一人、コツコツと進むしかありません。

「これでプロになれるだろうか?」

時々、不安が襲ってきます。


図書館で、本に向かっている時、

夜中の公園で、一人「スナップ」の練習をしている時、

どこからともなく、孤独感と、不安が忍び寄ってくるのです。

今、思えば、私は、それを振り切って前へ進もうと、
必死だったように思います。


暗闇を、手さぐりで、
進んでいたようなものかもしれません。


こんな時、だれか、自分を励ましてくれたり、
話しができたりする人がいたらなあ・・・・・。


そんな時、ふと思いついたのが、
いろいろなカメラマンの記事でした。


「新聞」「雑誌」「市報」「広報」 など、
目につくカメラマンの記事を手当たり次第、
集めて「フアイル」を作ることにしたのです。


これは、正解でした。



苦難を超えて頑張る写真家たち!




このことも、以前書きましたが、作った「フアイル」は、
本当に重宝してくれました。


当時の私にとって、「宝物」 でした。

・舞台写真を撮り続ける人。
・スミレを撮り続けて10年の人。
・現代写真にあきたらずアメリカに
 渡った「篠山紀信」。
・義足でも撮り続ける中年サラリーマン。
・原爆症を写真で耐えた執念の人。

・・・・・・・・等々。

そういう切り抜きを貼った「フアイル」が「4冊」にも
なりました。


夜、寝る前に必ず開いて一人や二人は読んでいました。

不思議に、「勇気」「やる気」が湧いてきたものです。


上述の 「石川」さん などの記事を見つけたら、
即、切り抜いてフアイルに貼りつけたことだろう
と思います。


「石川」さんは、たまたま見つけた「木村伊兵衛」のコトバが
転機になりました。

おそらく一人悶々としていただろう「石川」さんは、
そのコトバによって、蘇ったわけです。


それと同じように、私は、作った「フアイル」によって、
元気を奮い立たせることができたのです。


実をいいますと、石川さんの記事は、中堅の写真家が、
書いた本に載っていたものなのです。


この本を手にしたとき、自分の頃にこんな本がでていたらなあ!
と苦笑したものでした。


・この本には、今、人気の「米美知子」さんも出ています。

・月例コンテスト年度賞を取った主婦やサラリーマンなども出ています。

・中には、90歳を超えてなお写真に生きる人もいます。

・145人の写真ドラマを知ることができます。


私は、カメラマンの記事を切り抜いた「フアイル」
つくりましたが、この本は、それを勝るものです。

読んでみたいと思われる方は参考にしてみて下さい。


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良い写真ってどんなの?コンテストに入選できる写真の撮り方は? [良い写真]

良い写真とか、コンテストに入る写真なんてどんなの?
初心者の方は、やはり良い写真を見分ける力が不可欠!
それを、知れば撮り方も自ずと決まってきます!




良い写真の実例を見ましょう




「発表の日」
合格発表③.jpg
(撮り直して掲載しておりますのでちょっと
見にくいですが、原画は、ちゃんとしております。)



この写真をご覧になってどうですか?


アサヒカメラ誌の月例コンテストで

「2位」 になった作品です。


私が、写真を学び始めた頃、もし、このような写真を見せられて、
感想を聞かれたとすれば、どうだったでしょう?


もはや、お手上げもいいところだったでしょう。


「いったい、この写真のどこがいいの?」

もじもじと、口をにごしていたに違いありません。(笑)


まあ、それはともかくとして、次へすすみましょう。




選者はプロカメラマン 

「ハービー山口」 氏です。

「ハービー山口」氏については、カメラ雑誌でもよく
見かけますから、ご存知の方も多いと思います。


ハービー山口.jpg
(ハービー山口(66)カメラマン」(Yahoo!検索ヨリ)


10年のロンドン滞在経験があり、海外でも評価された
プロカメラマンです。

エッセイなども手掛けており、今、人気カメラマンの一人です。



では、写真 ① にもどりましょう。

いったい何で、この写真が 「良い写真」 として、コンテスト

「2位」 にえらばれたのでしょうか? 




「タイトル」 は 

「発表の日」
 
となっていますから、女性たちは受験生なのでしょうね。

よく見ると、「若い女性」ばかりですね。

たぶん
・「女子大学」?か あるいは、
・「宝塚の音楽学校」? か、それとも
・「女子専門の~学校」
あたりでしょうか?

そんな感じですね。


バックには、桜が咲いており、その向こうには、ビルと歩道橋(右端)
のようなものが見えますね。

このバックを見れば、都市だなという見当がつきます。


人物は「表情」に最大の注意!




大事なのは、受験生たちの「表情」 です。

人物が写っている時は、この表情が大切です。

この表情いかんで写真が良くも悪くもなります。

良い写真であるかそうでないかの分かれ目です。


みなさんも、人物を入れて撮る時は、1にも2にも「表情」に
注意してくださいね。


人物が入っている場合は、ほとんど「表情」で、写真の良し悪しが
決まると言ってもいいくらいです。 

もちろん、例外はありますよ。


それと、「姿」「格好」にも、充分気を付けて下さい。


写真①の受験生の顔は、やや左の笑顔の女性以外は、

皆、「うつむきかげん」でどこか「不安な面持ち」が見てとれます。


特に中央のセーラー姿の女性の視線は、いかがですか?・・・・。

こころなしか、「緊張しているふう」にさえ見えます。



それでは、選者「ハービー山口」氏の 選評を

見てみましょう。


コンテスト「2位」に選んだ選者の評は?




・ <選評>


 若い女性たちが、笑顔とは逆の表情を浮かべ、
重々しい空気を作り出しています。

まず、この表情の硬さがなにごとか? と思わせます。


作者のコメント(添え書き)に

(宝塚音楽学校・合格発表30分前)

とありましたので納得がいきました。


何というタイミングを思いついたのでしょうか?

発表後の喜びや失意を見せる写真は多くありますが、

このタイミングでの”表情”は貴重です 




こうして、選者の評をみると、

注目はやはり「表情」ですね。


「この表情の硬さがなにごとか?」

とあります。


写真の作者は、この瞬間を取ろうと、手前のポジションで、

「今か、今か」 と待ち構えていたことでしょう。

発表の掲示板が手前にあることでしょうから、
多分その脇ぐらいから、カメラを構えていたことでしょう。

この場合、広角で寄って撮るのは、少し無理があるように
思います。


多分、中望遠レンズで、フレーミングしたと思われます。


この作者が、何を考えて撮ったかを推察しますと、


・ 学校の「合格発表」を撮る。
・ どのような学校か?(田舎か都市か?)
・ 季節は何時か?この場合(春)

・ 作者の撮影意図は「合格結果」ではなく、
  「発表直前」 の受験生の気持ちを表現したい。


こういうことになると思われます。


特に、最後の「発表直前」の女性の気持ちは、
評にもありますように、これまでよく見た

「合格の喜び」 の瞬間ではなく、
「結果発表前」 の瞬間を狙ったわけです。


同じ「合格発表」 の写真でも、目のつけどころを
変えて撮ったといえましょう。


「発表30分前」の受験生たちの表情がどうなのか?

自分の意図する場面がやってくるのは何時か?

おそらく、息をころして、そのタイミングを
まっていたに違いないと思います。


そんなことを、考えながら写真を見ていると、
カメラを構えて、ひそかに、タイミングを狙っている
作者の心情が、ヒタヒタと伝わってくるようです。

カメラマン発表日.jpg



「2位」 に入ったこの 写真① の良さを、評から、
知ると共に、これを見て、この次からは、

「こういう場面」を撮るときには、こんな注意が、
ひつようなんだということを思い出しながら、
撮影していくことになります。


最初は、こういう作業を愚直に繰り返して撮っていく
わけです。




さて、もう一つ別の写真を見てみましょう。



「昼の食」
昼の食.jpg
(フオトコン誌より)

(28ミリ~300ミリ)



この写真は、「自由の部」で「金賞」に輝いた作品です。

選者は、ベテラン 「桜井秀=70代」 氏です。

広告端を歩んできた人でその種の「毎日広告賞」を受賞
しています。
「アメリカ西部」「海」などをライフワークとして、
今なお、精力的な活動をしています。


それでは、写真②の感想に移りましょう。


この写真は初心者でも、分かりやすい写真ですね。

豆絞りのタオルをかぶったまま昼の食事を摂っている場面です。

望遠で、アップにして撮った「ボリューム感」のある
なごやかなひと時を撮っていると思います。


私は、初歩の頃、「28ミリ」オンリーでしたので、この場面をとるのは、
少し難しいかなと思います。

でもその頃の私なら、ちょっと声をかけて撮らせてもらっていたでしょうね。

そして、右により、右端のお母さんの直近にポジションを取ります。

カメラ位置を少し上げて、背景(おそらく田んぼでしょう)を入れ、
環境の状況を入れることで、どんな場所で昼を迎えているかが
うかがえます。

広角なら、かなり先まで映り込み状況説明をしてくれる
だろうと、思います。


作者の場合は、多分「失礼かな」と遠慮して、
中望遠でアップをねらったかな?と思われます。



では、選評は、どうでしょうか?


 
・ < 「桜井秀」氏の評 >


 おいしそうなおにぎりが強烈に目に入ります。
また、望遠レンズ で画面を圧縮し、3人のお母さんたちを
上手に配置しています。

特に真ん中のお母さんの 表情 がよく、まさに
”日本のお母さん” という感じがうまく出ています。

スナップ写真の命ともいえる ”リアル感” のある作品になりました 」


ここでも、また「表情の良さ」がでてきましたね。

そして、もう一つ大事なことがあります。

それは 「リアル感」 が出たとおっしゃっていることです。

この写真は、現実がありのまま、ウマク表現されています。

この感じは、「広角」 では微妙に
ちがうところです。


この辺の調整は、撮っているうちに、徐々に分かって来るものです。

何度も撮っているちに、自然に「カン」というものが養われてきます。


そのために、カメラ雑誌の選評は、繰り返し繰り返し読んで、

「良い写真」 とはどんなものかを会得していって下さい。

そうすることが、良い写真を撮るコツでもあります。

繰り返しているうちに、コンテスト1次通過したり、
2次通過したりという風に腕が磨かれてきます。

なかなか、コンテストに、入選しない人を見ていますと、
徹底して「評を見返す」ことをやってない人が多いです。


繰り返しの中で「センス」や「才能」が養われていく
のです。

このことは、多くのカメラマンを通して、イヤというほど、
思い知らされてきた事実と言って過言ではありません。


「評」によって、良い写真を知り、その知識を基に撮影をする。

ウマくいかなければ、再度「選評」を読み返す。

カメラ雑誌は、多くのプロの選評が、満載です。

こんなこと、学校では考えられません。

どうか、どうか、カメラ雑誌でプロが選んだ写真の
の評価を

「自分の撮った写真の評価と思って」

真剣に、徹底して身につけていただきたいと
思います。






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良い写真を撮るには、まず良い写真を知ることが最大のコツです! [良い写真を撮る]

良い写真を撮りたい!皆さんそう思っておられます!
ではどうしたら良い写真が撮れるのでしょうか?
それには、良い写真を見分ける力をつけることです!
それが、良い写真を撮る最大のコツです!





昨日、写真くらぶの仲間が集いました。
久しぶりです。

大体月に一回はあつまることにしています。

さいわい、近くに「マクド」がありますので、
適当に注文して、食べながら「わいわい、ガヤガヤ」
とやっています。


仲間がいると、楽しいですね。(笑)

そして、一人コツコツやるより、上達のスピードが
ダントツに速いです。


このことは、これまでも「仲間」の大切さを書いた記事で
何度かお話ししてきました。



昨日は、

「良い写真とはどんな写真か?」

というテーマで話しが、盛り上がりました。


・良い写真を撮りたい!
・写真がうまくなりたい!
・撮るコツを知りたい!


これは、クラブ仲間全員の願望です。

そして、このブログを読んで下さっている読者の方にも
多いはずです。


では、良い写真とはいったいどんな写真をいうのでしょうか?



タイトル「合格発表」
合格発表③.jpg
(ケータイによる撮り直しのため、ちょっと見にくいですが、
ご辛抱下さいね。)(アサヒカメラ誌(2016)ヨリ引用)



皆さんは、この写真をどのように思いますか?

次回でご一緒に見ていきたいなと思いますので、

その前に、一度みなさんなりに、この写真の感想を
考えてみて下さい。

ぜひやってみて下さいね。


良い写真を撮るためには、

・何がよいか?
・何処が良いか?
・何故良いか?

それを知る必要があるのです。



写真は、人に見てもらうということが、前提になっている
と、私は考えています。


仮に、無人島へ行って、写真を展示しても、見る人が
いなければ、写真を展示する意味がありませんよね。


自分一人が、自分の撮った写真を見ていても、
自己満足でしかないでしょう。



つまり、何を言いたいかというと、

「写真は、人の目にさらされ、人に何らかの評価が
なされてこそ、写真の存在価値がある」

ということです。


そこで、撮った写真を「人の目にさらす」ということが
非常に大事なことなのです。


なので、仲間同士で写真を評価し合うことは、大事です。

ベテランに見てもらうことも有効です。


私が、独学を始めて、


「カメラ雑誌」 


を最強の「教材」として選んだ理由は、まさに
ここにあったのです。


良い写真を撮るためには、
良い写真とはどんな写真が良いかを
知ることが、絶対に必要です。


ここでいう写真というのは、

「ごく一般的に見て」

良いしゃしんのことを言っていますので、
その点はご承知下さい。


そして、その良い写真を知るには、身近では、

「カメラ雑誌」ほど、適したものを他に知りません。



初心者から中級ぐらいまでの方が、
良いしゃしんを撮るためのコツは


① カメラ雑誌を徹底して使用する。

  それにもう一つ、付け加えていただきたいのが

② 写真仲間に参加する、ということです。



② という要素が、意外に素晴らしい高価をはっきすることを
  最近、つくづく思うようになりましたので付け加えたい
  と思います。


それでは、次回で上記の写真について、みなさんと
ご一緒に、見ていきたいと思います。


できれば、他の写真も取り上げてみたいと思います。


カメラ雑誌で「写真をウマく撮ることができる」
ということを、この際、徹底して、覚えて下さいね。


いいえ、覚えるだけではなく、トコトン実行してみて下さい。


きっと、良い写真を撮れるようになると確信しています。




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