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バカチョンカメラが人生を変える!歴史に残る老夫人の渾身の記録! [バカチョンカメラ]



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バカチョンカメラで撮り続けた村の写真が、「人生を変える」
といわれた写真集になり、映画にもなりました。後世に残る
渾身の記録を写真に撮ったのは、なんと初老の夫人でした!



ある村を撮り続けたおばあちゃんの傑作!




昨日、近くの喫茶店で、写真仲間が集まりました。

好きな写真談義は、とどまることがありません。

中でもこの日話題になったのは、バカチョンカメラで撮った

おばあちゃんの写真についてでした。


前回は、長い間コツコツ撮り続けてコンテストで

1位を受賞した主婦を取り上げました。

そして、撮った写真の「ウマサ」も書きました。



今回は、技術は未熟で、カメラも安っぽい誰でも、

押せば撮れる「バカチョンカメラ」で、

やがて「ダム」の底に沈む「村」を撮り続けた、

命がけともいえる記録写真について、

書いてみたいと思います。


「バカチョンカメラ」を使ってでも、後世に残る

素晴らしい写真が撮れるというおばあちゃんカメラマン

の活躍なのです。



撮った人は、「増山たづ子」 さんといい、

10年前88歳で故人で亡くなっておられます。




増山たづ子①.jpg



2008年、日本最大といわれる 徳山ダム(岐阜県)が

完成したのですが、そのダムの底に自分の村が沈むと知って、

「 せめて村の姿だけでも 」 と記録に残したのでした。


「戦死した夫のためにも、残しておかなくては!」

という夫への強い愛情からでもあったと言います。


撮り始めの頃は、何もわからず、

人に、「素人の自分でも写せるカメラはないか」と相談したところ、

「猫がけっとばしても写るものがある」と

ピッカリコニカ[4]という当時のコンパクトカメラを

勧めらたのだそうです。


今なら、さしずめ、コンビ二で買える 1000円 の

使い捨てカメラと思ってもいいでしょう。


初めて、カメラを持ったのが、60歳の時。。


当初は、近所の住民にフィルムを入れ替えてもらって

撮っていたそうです。



撮り続けて、7年目(1984年)に エイボン賞 を受賞したのです。

エイボン賞というのは、社会に勇気と希望をあたえるという、

すばらしい功績のあった女性に贈られる賞です。

その後、数冊の写真集も出し、さらに、日本各地で展覧会も開きました。

それどころか、徳山村を舞台にした映画「ふるさと」にも出演しているのです。

村人の間では、「カメラばあちゃん」 と慕われる人気者だったようです。


のちに、写真賞の「東川賞(ひがしかわ)」も受賞するなど、業績としても、

もはや、立派なプロカメラマン並です。



誰でも、簡単に撮れる 「ばかちょんカメラ」 でもこんなに活躍してくれます。

このような例は、これからカメラマンになろうと思っている人にとって、

勇気をあたえてくれるのではないでしょうか?



歴史に残る・おばあちゃん渾身の記録!



増山さんの生まれ育った岐阜県の徳山村は、

福井県と滋賀県の県境にあったといいます。



増山さんの夫は、第2次世界大戦で、今の「ミャンマー」に駆り出され、

行方不明になったままだったそうです。



増山さんの村が、ダム湖に沈むという話が持ち上がったのは、

1957年のこと。


徳山ダム③.jpg
(徳山ダム)



それを耳にした増山さんは、

猛烈な勢いで写真を撮り始めたのでした。


横井(庄一)さんや小野田(寛郎)さんは、30年近く

立って戦地から帰還したことは日本中が沸いた大ニュース

であったようです。


ひょっとして、自分の夫も・・・・・と増山さんの

頭をよぎったことでしょう。



「その時、夫が夢にまで見ただろう故郷が、

ダムで消えてしまったら・・」


ダムに沈む校舎②.jpg
()ダムに沈む村に在る校舎


増山さんは、駆り立てられるようにして、

村の写真を撮り始めた理由が、そこにあったわけです。




(追加記事が続きます。少しお待ちください。)




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