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月例コンテストの常連、今では風景写真の大家! [月例コンテスト]

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月例コンテストは、「竹内敏信氏」にとって、師であり、
学校であり、いわば写真道場だったともいえるでしょう
月例コンテストを続け、今では随一の「風景写真」の大家!
そんな竹内敏信カメラマンをご紹介します。



t竹内.jpg
(風景カメラマン:竹内敏信氏)




「竹内敏信氏」 といえば、写真愛好家なら、
もう知らない人は無いぐらい有名な方です。



私が、上京して、初めて写真を学びだしたころ、

先輩から譲り受けた「カメラ雑誌」の月例コンテストに

毎月のように入選 していた人がこの人だったのです。



それどころか、他の「カメラ雑誌」にも、同時入選していて、

「この人、いったいどんな人だろう?」

とずいぶん興味を引かれたものでした。



知るところによると、普通の大学を出たあと、
愛知県の県庁に勤める一般のサラリーマンでした。


いわば、働きながら、独学で、プロになった写真家なのです。



当時の、古い「カメラ雑誌」では、当時、すでに、アマチュアとしては、

ベテランの域を出る勢いであり、月例コンテストも卒業か
と思えるほどのベテランアマチュアだったのです。


その頃は、何でも撮って月例コンテストに応募していたようです。


あまり記憶がハッキリしないのですが、
竹内敏信氏が、「風景」 を専門に撮るようになったのは、
たしか、「燃え上がる山林の写真」 を撮った時ではないかと思います。


その頃の竹内敏信氏の写真には、炎上する山々の
「真っ赤な炎」と、「焼け焦げる空」の対比が、
印象的な写真として、頭に残っています。


先にも言いましたように、
すでにベテランの域を超えようとしていた竹内さんは、
自らも、「燃え上がる山林の写真」を見た時、
「衝撃的だった!」 と言っています。


竹内氏は

それを堺に、「風景写真」に移ったようです。

40歳を超えていました。



かつて、カメラ雑誌の月例コンテストで、

いわば 「コンテスト嵐」 ともいえるほど、


月例写真コンテストを師とし、訓練の場として、

また学校として、挑戦し続けたカメラマンも珍しいかと、

私は思っています。








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