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写真家アラーキーの本音は脱がすことよりその奥にある!

古い雑誌もバカにならない!



私は、学生時代の先輩から、1~2年分ぐらいの

古いカメラ雑誌を譲っていただいたことがあるのですが、

淡路の大震災でそのほとんどを失くしてしまいました。


ホントに惜しいことをしてしまいました。


もし残っていれば、昨今の「カメラ雑誌」にはない

また別の世界を、みなさんにも味わっていただけたかなあ?

と思うことがしばしばあります。



そう思うと、なお残念でしかたがありません。



そんな中、押し入れのダンボールから、

数冊の古い「カメラ雑誌」が出てきました。



ここで、ご紹介するのは、

実はその本の一冊に載っていた記事なのです。



パラパラっとページをめくっていて、

「ハッ?」 と目に飛び込んできたのが、

ヌード」と題する若いころの「アラーキー」の記事でした。



読んでみると、私がお伝えしようと考えていた

「写真の本質」 と大いに関係する記事だったのです。


今日は、その記事を抜粋してご紹介してみようと

思います。



アラーキーの本音



アラーキーの記事は、カメラ雑誌 「フォトアート(現在廃刊)」 40数年前の

バックナンバーに、「ヌード」 というタイトルで、

彼の撮ったヌード写真と共に掲載されていたものです。


ここでは、それを抜粋してご紹介します。



まず、写真を「2枚」掲載しますね。

毎度のことですが、古い雑誌から引用したものですので、見にくい点は

ご了解下さいね。




araki①.jpg



2荒木.jpg




(アラーキーの一文)

======== ココ から




ぼくが、ヌードを撮りはじめたのは26歳頃だったと思う。

動機といっても、たいした大見得をきるほどのものではない。


ぼくに言わせると、子供写真も、ヌード写真も、つまり

写真のどのジャンルも変わりはないということだ。

・・・・・・・・・・・・・・

ぼくの「ヌード」には、従来いわれている

「フォルム(形)」 や
「女体の美しさ」 なんて

あまりない。



ヌードは、体の「フォルム」なんかより、

ずうっと、「恥部」 のほうに強烈な興味があり、

むしろ女性のそれを撮るのが目的で、

ヌードを撮ったようなわけだ。


・・・・・・・・・

ぼくのヌードは以後その支配から

脱しきれないでいるといえる。




今のヌードは、だいたい女体をかわがりすぎる。

絵で言えば、クロッキーやデッサンのようなものである。

しかも作者は歌を歌わせすぎる。


生きたモデルを使わなくても、

結構マヌカンでもいいようなものばかり

のような気がしないでもない。



女体から着物を脱がしても、

結局はきれいごとでレンズの着物をきせてしまう。



ぼくのは、裸の女体をさらに裸に、

つまり真実 (撮れるものではないが) を

写そうとするから、ややもすると汚れたものになる。

・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・

結論を言えば、「ヌード」 は、相手の「恥部」と

自分の「恥部」をさらけだすものだと思っている。




====ココ まで



アラーキーの作風は、77歳の今でも、26歳 の時 書いた

上述の文を彷彿とさせるものがあります。


機会がありましたら、一度アラーキーの個展や、

写真集をご覧になって見て下さい。



雑誌や各種の本で見られる他のプロが撮った写真とは、

たぶん、全く違うものを感じられることでしょう。



上記のアラーキーの一文に対する「私の感想」は、

あえて書かないでおきたいと思います。


なぜなら、原文をそのまま味わっていただくほうが

「写真の本質」がよりストレートに伝わると

考えたからです。



私は非常に 「意味深」 な一文に出会えたと思っています。


あなたもどうぞ自分なりに、考え、咀嚼(そしゃく)してみて

下さい・・・・・・。



それでは、きょうはこの辺で・・・・・・・。






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